![]() |
[ 1996 ]1996年6月10日(月)佐世保ワシントンホテルから、バスでハウステンボスの人材センターへ向かう。通信放送機構の研究施設「佐世保リサーチセンター」はこの中だ。ハウステンボス前でバスを降りると、湿度97%の大村湾の空気の中、恒例のピクニック。バス停から人材センターへはきつい坂道を15分歩かなくてはならない。経費節約のおり、タクシー使うわけにはいかないし。Powerbookの重さにAppleを呪いつつ、やっとの思いで仕事場にたどり着く。 今日は「佐世保リサーチセンター」の公式なオープニングの日である。昨日はハウステンボス内で何かすごいフォーラムがあったそうだ。プレゼンテーションルームには郵政省や長崎県、佐世保市のお偉方が来ている。オーサリングルームで仕事してたら、地元のテレビ局やら新聞社が来て、ビデオや写真を取られてしまった。そんな話し聞いてなかったんで焦る。 視察に来たお偉方にオーサリングルームの設備の説明をして仕事はおしまい。佐世保市内に移動し、日本一長い佐世保のアーケードの中の「牛右衛門」なるファミレスでハンバーグを食べる。オープニングセレモニーのプレゼンテーション映像を担当していた同僚のTさんは、出張手当ではアシが出るようなステーキを食べた。お疲れでした。 1996年6月11日(火)今日も朝からピクニック。 午前中は導入されているMacintoshとIndigo2にIP Addressを割り当てて、FTP出来るようにする。人材センターでの昼食は惨めだ。眼下に広がるハウステンボス内ではどんな饗宴が繰り広げられているのかを思うと涙が出そうになる。ま、とりあえず400円のカレーはそこそこ旨かったからいいか。 午後はMacintoshの8台分のシステムをバックアップし、CDに焼く。今回も4倍速で焼いたらうまくいかなかった。しょうがないので2倍速で焼く。 仕事を終えて、バスで長崎空港へ。ハウステンボス入り口で売っているソフトクリーム(400円)は盛りが良い。どんどん溶けて崩落を起こしそうになるので、必死で食べなくてはならない。空港内の福砂屋でカステラを買って、皿うどん(細麺)を食べる。ここの皿うどんも盛りが良い。長崎の新地(中華街)の平均容量の1.5倍はあるんじゃないか。 空港の手荷物検査でPowerbook入りの鞄が引っかかってしまった。初めて聞くブザーが鳴り響いたのだが、係員は中を開けてみようともせず、「OK、OK」と手渡してくれた。何だったのだろうか?ここの空港は私と相性が悪いらしく、目下、3勝3敗である。長崎空港以外では1度もトラぶったためしがないのに。揺れもせず羽田に着いてリムジンバスで帰宅する。空港からモノレールで帰るのは何故か惨めっぽくて大嫌いなのだ。携帯電話の電源を入れたら仕事の伝言が入っていたが、今日は直帰させてもらう。 1996年6月12日(水)仕事が溜まっている。PINK FLOYDのpulseをヘッドフォンで聴きつつ黙々と仕事する。昼飯は近所のやぶ蕎でBランチを食べる。今日はチラシご飯と冷やしタヌキソバとキュウリとワカメの酢の物。おいしかった。午後も黙々と仕事をし、たまにはカミヤも仕事をするのだぞと、会社の同僚に見せつける。何人気づいたか知らないが。 帰りにXXXXのリブロに寄って「デザイナーズバイブル1,5巻」を買う。会社の見習いデザイナーに早く一人前になってもらうため。自宅近くのローソンで「食べきりサイズ」のせんべいを買って帰り、ボキャ天を観る。ボキャブラアカデミーなんぞ廃止して「空耳アワー」を入れて欲しい。 1996年6月13日(木)ドアを開けたら隣家の飼い猫タマが寝ていた。勢い良く開けたらえらい事になるところだった。えらい事になると、かなりえらい事になるので、ドアはそっと開けよう。耳の後ろを掻いてあげたりして、しばらく遊ぶ。もういい年した猫だが、甘えて鳴く声はまだ可愛い。 出勤して、制作中のCD-ROMタイトルの打ち合わせをした後、この日記のページを作ろうと思い立ち、一気に作ってしまう。そのあとYahoo日本語版で「日記」を検索したら、あるはあるは。どうしてみんな露出症なんだ?タイトルの「STRANGE DAYS」はDoorsじゃなくて、映画の「STRANGE DAYS」から。机のIndyの隣に「STRANGE DAYS」のサントラとエンディングタイトル曲の「while the earth sleeps」が積んであるのが目について即決した。それにしてもDEEP FORESTとPETER GABRIELは良い。 帰宅してニュースを見たら、ガルーダインドネシア航空のDC-10が落ちていた。死者もいるようだ。墜落したエアバスのA320の機長の暴露本を、去年の暮れに読んだ後なので無関心ではいられない。それにしてもテレビのコメンテーター陣の質の悪さは何とかならないもんか。14日(金)朝のTV朝日のコメンテーターに至っては、DC-10をボーイング社製などどほざいていた。クレームが来たらしく後で訂正してたけど、言ったその場で周りの誰かがわからんのか。 1996年6月14日(金)朝から小雨。井の頭線の東松原駅の紫陽花が咲き始めている。今日で札幌からヘルプに来てくれていたS君が帰ってしまう。S君は礼儀正しいハッカーという世にも希な人種である。ジョルトコーラでピザを食べたりしないし、コーヒー牛乳の500mlのパックに直接口をつけて飲んだりしない。しかもなんと、朝の10時から仕事が出来る。WWWで秋葉原のジャンク屋の場所を確認していたから、たぶん怪しげな珪素製品をしこたま買って帰るんだろう。 早めに仕事をあがって新宿に映画を観に行く。「バーチュオシティ」。観る前からB級の香りがする。犯罪者データベースから生まれたシド6.7というアンドロイド(実はジェイ・カビラ)が、「クリムゾンタイド」の副艦長デンゼル・ワシントンに追いかけられる話である。シドがテレビ局を襲撃するシーンで「久米をだせ」と思ったのは、私一人ではあるまい。ストーリーも映像も、どうって事はない。こういったB級SF映画では一番重要なガジェットも見るべきものは何もなかった。それにしてもデンゼル・ワシントンて表情が無い。黒人版カイル・マクラクランだ。エンディングの曲をPETER GABRIELがやってたのは驚いた。何もこんなカスな映画の仕事しなくてもいいのに。CGはL2が担当していた。オープニングのSFXにAdobeのAfter Effectsを使っているような気がすると思っていたら、クレジットにAfter EffectsとAUTODESKが出てきた。ちなみに6.7はバージョンナンバーである。 中央線XXXX南口のブックスオオトリで池波正太郎の「私の仕事」を買う。中華屋でソース焼きソバを食いながら読んでいたら、ラジオからDAVID BOWIEの「HEROES」が流れてきた。HEROESの淡々としているが力強い曲調は、青海苔・紅しょうがのたっぷりのったチープな焼きソバによく合う。帰宅して「私の仕事」を読み進めると、ほとんどのエッセイを読んだ記憶がある。朝日文芸文庫もあこぎなまねをする。 しまった、銀行に寄るの忘れた。 1996年6月15日(土)XXXXのタワーレコードでDAVID BOWIEの「HEROES」のCDを買う。通して聞くのは15年ぶりぐらいだろう。BEAUTY AND THE BEAST, JOE THE LION, "HEROES", SONS OF THE SILENT AGE など名曲ぞろいで驚いた。BOWIEのベストアルバムかもしれない。 会社でWindowsNTのお勉強。NTは手強い。早めに切り上げて、兄夫婦宅へ「ル・マン」を見に行く。相変わらずテレビ朝日はモーターレースがわかってない。途中でF1カナダGPの予選を見る。実況はあの「鈴木アナ」である。鈴木がテレビ朝日系じゃなくて本当に良かった。24時間あの絶叫を聞かされるのは拷問だろう。朝の5時まで「ル・マン」を見て、総武線で帰る。TWRのヨースト・ポルシェで決まりだろうから安心して一眠りする。 1996年6月16日(日)夜、XXXXのパルコブックセンターでアーロン・エルキンズの「死者の心臓」を買う。形質人類学者「ギデオン・オリヴァー」シリーズの第7段。今回はエジプトが舞台だが、スケールが小さく感じる。先月読んだ「神々の指紋」のせいか。FBIのジョン・ロウが出てこないのが痛い。ギデオンの妻のジュリーも、今回は切れ味が良くない。どうも、「ギデオン・オリヴァー」シリーズは、舞台が暑いほど出来が良くないようだ。 ヒルが勝った。万歳。今回もそうだが、ここ数年のF1の表彰台を見ていると、マールボロの時代が終わったのを実感する。 1996年6月17日(月)頭ががんがん痛む。暑くて寝苦しかったのでエアコンをつけたまま寝たせいか。 近所のスーパーで鈴虫を売っていた。5〜6匹で980円。高いのか安いのかわからないが、少なくとも買うもんじゃないと思う。 1996年6月18日(火)XXXXのリブロで山本周五郎「樅の木は残った(上)」を買う。明日からの出張中に読むため。外は暴風雨だ。とても仕事をする天気ではない、と思いつつ仕事する。 1996年6月19日(水)今日から札幌出張。タレントの椎名亜希子嬢をフューチャーしたCD-ROMタイトルの素材の撮影のため。台風一過の東京の空は1996年6月には珍しく澄みきっていて、モノレールから富士山が見えた。空港で椎名さん、マネージャさん、うちのスタッフと合流後、ANA便に乗り込む。上空は昨日の名残で結構揺れた。 新千歳空港前で現地撮影スタッフと合流後、昼食。椎名さんの食欲に驚いた。 車でロケ地を探し回るが、なかなかいい場所がない。霧雨が降ったりやんだりで、最悪のコンディションになってしまった。結局、○○大学構内でゲリラ撮影する。札幌オフィスのあるスタジオJ-TRIALに帰って、明日の打ち合わせ後、解散。夕食は小樽までカニを食べに連れて行ってもらった。スタイリストさんの食べっぷりは、彼女の名誉のため書かない。 ホテルでメールを読んで寝る。 1996年6月20日(木)朝からスタジオJ-TRIALで撮影。明日は椎名さんの誕生日という事で、ケーキを用意してお祝いする。夕食は札幌の居酒屋へ。只でさえ狭い店なのに、壁にいろんなものがところ狭しとはってある。ホントにところ狭い。舟盛りやアスパラやイクラ丼をたらふく食べる。食事後、スタッフの一部は、夜のすすきのへクラブ活動に出かけた。とっとと寝たい組はホテルへ。帰りしな近くのコンビニでフローズンヨーグルトを買ったら、スプーンが入ってなかった。ふたですくって食べて、メールを読んで寝る。「樅の木は残った」をちっとも読めない。 1996年6月21日(金)7時に起きようと思っていたら7時7秒に起きた。まあこんなもんだ。低気圧がどっかへ行って、やっと青空が顔を出した。イサム・ノグチ氏の彫刻のあるグラウンドで撮影。ダンプ待ち、ヘリコプター待ち、強風、ヒバリノイズなど大変な撮影だった。椎名さん、お疲れさまでした。札幌オフィスに戻ってからどたばたと空港へ。せっかく札幌に来たのに、HFSのFさんとほとんど話せなかった。残念。 帰りの機内でスタイリストさんと「鬼平犯科帳」の話題で盛り上がる。しかし、なぜにスタイリストさんのカバンはあんなに重いのか。スタイリストの大会があったら、その会場に向かう飛行機は離陸できないに違いない。 会社へ戻りサーバのメンテ(と言ってもログを読んだだけ)をして帰宅する。 ベッドで「料理の鉄人」を見ているうちに寝てしまった。判定の数分前までの記憶はあるんだけど、坂井とフランス人どっちが勝ったんだろう。「料理の鉄人」メーリングリストにでも入ろうかな。 1996年6月22日(土)昨日数時間、外にいただけ(しかもほとんど曇り)なのに両腕が真っ赤に腫れ上がり、ものすごい熱を発している。いったい何万個の細胞が死んでしまったのだろう。彼らも私の一部なんだよなあ。 午後出社して、ACEILUX(あきら)さんのPowerBookからXXXXのサーバ経由でInternetが使えるように設定する。ARAやらNetEntranceやらMacTCPやらEudoraやらNetscapeやら何やらをインストールする。結構時間がかかった。 PowerBookを届けに六本木のWAVEの7Fのスタジオに行ったら、ACEILUXさんと一緒にオーブの口紅のCMしているタレントさんがいて紹介してもらった。彼女に声をかけられて舞い上がってしまい、おもわずどもってしまった。 夜、XXXXの喫茶店でジェームズ・レッドフィールド著「聖なる予言」を読む。単行本で買いそびれていたのだが、文庫になったのをロンロンで見かけてすぐに買った。とても面白い。昨年読んだ「ミュータント・メッセージ」と同質の面白さがある。この手の本を見つけたときは、長崎の友人に報告することにしているので、長電話する。彼女は私の精神的な主治医である。 1996年6月23日(日)久しぶりに十分寝た。近頃7〜8時間しか眠れなくて体調不良だったのだが、今日は調子がいい。散歩に出かけ、ミニストップでソフトクリームを食べる。4日ぶりのジャンクフードは非常にうまい。帰宅して「樅の木は残った」と「聖なる予言」を交互に読む。久しぶりに真面目な休日をした。 1996年6月24日(月)昼食に、たから屋で日替わり定食(煮込みハンバーグ)950円を食べる。お吸物代わりの蕎麦が冷たいのになっていた。ここは若干高いが、高級感もあるし、なかなかいい店である。ただし、ランチ以外には行ったことがないが。 1996年6月25日(火)朝から雨。 久しぶりにDirectorを使う。Video Worksの時代からのユーザーだが、コンセプトの古さはどうしようもない。オブジェクト指向の考えがまるでないのには呆れてしまう、とぼやきつつCD-ROMタイトルのユーザーインターフェース周りを作る。 残業していたら同僚のK氏が吉野屋で牛丼を買ってきてくれた。消毒のため、紅しょうがと唐辛子をたっぷりかけて食べる。結構うまい。狂牛病のことを考えていたら、ジュラシックパークを思い出した。映画はともかく、原作のジュラシックパークのテーマはDNAとカオス理論とプリオン(狂牛病の原因らしい)である。 帰宅してニュースを見たら、岐阜の下呂温泉近くで落石があったらしく、列車が脱線転覆していた。テレビ朝日系列だけが負傷者の数を勘違いしていた。いつもの事であるが、呆れる。 1996年6月26日(水)今日も雨。昨日よりは幾分涼しい。 鰻屋の「大江戸」でHFSの社長さんたちと昼食。ここの出前はまあまあだが、店で食べるとウマイ。が、人と食事すると疲れる。精神的にぐったりして、仕事に戻る。macjweblintというHTMLをチェックしてくれる日本語対応(SJISも)のツールを手に入れる。MacPerlのDropletとして動作するので使いやすそうだ。 夜、札幌方面のYさんとそこそこヘヴィーな話をする。自分は何をするためにこの会社にいるのか、不安になる。このところ、長崎の友人が言っていた「メッセンジャー」という言葉が頭から離れない。うーむ、「聖なる予言」を読み直そう。 1996年6月27日(木)雨があがった。このくらいの湿度なら許す。 2年前に出たKing Crimsonの「VROOOM」を聞きながら仕事する。私のCrimsonは'74年に終わっているが、このアルバムが20年ぶりの「RED」なのは言うまでもない。といっても、まともに聞けるのは「VROOOM」と「Thrak」の2曲のみ。この2曲にはCrimsonの最後の3枚「LARKS' TONGUES IN ASPIC」「STARLESS AND BIBLE BLACK」「RED」の頃の緊張感が感じられて大変に心地よい。「VROOOM」のイントロの仕掛け(ボリュームを上げて振り返ると、後頭部をガンとやられるやつ)は「クリムゾンキングの宮殿」と全く同じだが、ヘッドフォンで聴いていると椅子から跳び上がってしまうので止めて欲しいものだ。 午後から幕張のWindows World EXPOに行く。あまりめぼしいものは無かった。MicrosoftのCD-EXTRAのコーナーで展示員をしているMちゃんと夕食を食べる。大和薯の磯辺揚げと焼きおにぎりのお茶づけがおいしかった。相変わらずMちゃんは元気で、仕事と関係ない話が出来て楽しかった。近頃は仕事の話になるとブルーが入ってしまう。 fj.rec.tvで、先週の「料理の鉄人」は挑戦者フィリップ・バトンが鉄人坂井に勝利したことがわかった。やっぱりそうだったのか。ついでに「料理の鉄人メーリングリスト」に申し込みをする。 1996年6月29日(土)暑い。 会社で仕事しようと思ったが止める。こう暑いと、自分と自分以外の境界が分からなくなって耐えられない。エアコン入れて冬眠する。 1996年6月30日(日)またまた暑い。 「聖なる予言」を全面的に信用するわけにはいかない。この本では9つの知恵について書いてあるが、8つ目までは賛同できる。しかし9つ目の知恵は怪しい。MacWorld EXPOのクリエーターズ・ナイトで、名刺交換をしている人たちのような胡散臭さがある。私の直感が信用するなと言っている。「聖なる予言」の続編、「第十の予言」を読み始めたが、これはさらに怪しい。最後まで読めるだろうか。角川に「聖なる予言」のホームページが出来ていたのには驚いた。 |
1996年7月1日(月)フランスGP。またヒルが勝った。今回の勝利は危なげなかったが、肉弾戦が少なくてつまらなかった。ジャックがアレジを抜いたシーンくらいか。トウチュウに載っていたジャックの写真がナイナイの岡村にそっくりで、電車の中で吹き出しそうになった。そういえば同僚のM君はミナルディのペドロ・ラミーに似ているな。 Tour de Franceが始まった。プロローグと第1ステージ終了時でははオンセのツーレが黄色いジャージを着ている。こいつは毎年せこい事するので嫌いだ。大好きなABDOUJAPAROV(アブさん)は何と10分45秒遅れの191位だ。後ろから数えると6位である。目が点。INDURAINは雨のプロローグで無理をしなかったらしく、12秒遅れの6位にいる。こんなもんだろう。 XXXXからの帰り道に、東の空に見える満月が、異常に黄色かった。去年の神戸の地震の前日の満月も、こんなだったなあ。 1996年7月2日(火)昨日気持ちの悪い月を見たせいか、いやな夢を見た。正夢だとこわいので書かない。椎名嬢の日記を読んだら昨日の満月を「すごくいい月」と言っている。 アブさんは落車していたのだった。怪我をしたのかどうかは不明。アブさんより緑のジャージ(スプリント賞)が似合う人はいない。現在6ポイントでトップから62ポイント離されているが、ここは頑張って欲しい。アルプスでリタイアしてもいいから。 1996年7月3日(水)昼食にたから屋で天丼を食ったらまずかった。天ぷらは、えび、きす、かぼちゃ、なす、ししとう、さつまいも、かきあげと豊富だが、天つゆが甘すぎてべたべたする。焼き魚定食にしとけばよかった。そういえば、以前の勤務先近くの天ぷら屋「まるやま」はうまかったなあ。また行きたいが、昔の同僚に鉢合わせするのが恐い。 「第十の予言」を一時放り出して、「困った人たちの精神分析」小此木啓吾 著を読み直している。この本は友人から貰ったものだが、少しストレスがたまると読みたくなる本の中の一冊である。もっとストレスがたまると時代小説(山手樹一郎など)に逃避する。 スペースJ(TBS)では「O-157」の検証をしていたが、いい加減に本当の所を公表したらどうなんだろう。もう気づいてる人は多いし、パニックも起こらないだろう。何を心配しているのかな。しかし、バイオハザードの危険がある菌を簡易書留で送っているのには驚いた。容器を2重にすればいいってもんじゃないだろうに。 1996年8月13日(火)しばらくお休みしていた「Strange Days」を再開する。 やっと「12モンキーズ」を観る。これはもしかして傑作ではなかろうか。近頃珍しい「もう1度観たい」映画である。テリー・ギリアムがどうたらこうたらより、ストーリーが破綻していない。来週あたりもう一回観ようっと。 1996年8月14日(水)6時で会社を出て有楽町へ。マリオンで映画を見るのはひさしぶりだな。銀座シネサロンで「イレイザー」のチケットを買ってマリオンへ行ったら、「ただ今立ち見です」だと。立ってまで観るほどの映画でもあるまいから、とっととXXXXに引き上げる。 駅前の喫茶店でカレーを食いつつ「ブレードランナー2」を読む。作者はK.W.ジーター。こやつはスタートレックのノベラをよく書いている。あとは「グラスハンマー」くらいしか覚えがない。内容はタイトル通り「ブレードランナー2」で、「電気羊2」ではない。ディックより、リドリー・スコットの世界観に近いようだ。映画化も決定しているようだが、配役はどうするんだろうか。デッカード役のハリソン・フォードは何とかなるかも知れないが、レイチェルは問題だ。おばさん化したショーン・ヤングじゃ無理だろうが、レイチェル=ショーン・ヤングで固定化している「ブレードランナー」おたくの脳味噌は、他の役者を受け付けないに違いない。この本がそのまま映画になるわけじゃないから心配はいらないのかも知れないが、ラストは何とかした方がいいだろう。このままじゃトリックが見え見えで、どんでん返しになっていない。 1996年8月15日(木)朝から風がすごい。昨日に引き続き Shockwave with streaming audio 方面の勉強をする。 昼食にXXXXの飲み屋で和風サラダうどんを食べてから、SUBWAYでスムージーを飲む。イチゴ味のシャーベット状ミルクシェーキみたいなもので、セブンイレブンのスラーピーに似ている。結構うまい。 夜、XXXXのロンロンの本屋をうろついていたら、早川SF文庫の「エンダーのゲーム」が目について、つい買ってしまった。この本を買うのは多分3回目である。前の2冊は友人にあげてしまった。何回読んでもこれはいい。オースン・スコット・カードは他にも「死者の代弁者」や辺境シリーズを書いているが、「エンダーのゲーム」が一番読みやすい。400ページ以上あるが、一気に読んでしまった。 1996年8月19日(月)今日から1週間夏休みだ。XXXXでパチンコをしてから、新幹線で実家へ帰る。帰省のピークは過ぎたし、方向が逆なのでガラガラである。東京駅の東北・上越新幹線ホームは、西日を遮るものがないのでとても暑い。何とかして欲しい。田舎は涼しい。エアコンなしで眠れるのだけが取り柄だ。 1996年8月20日(火)本棚を眺めていたら「悪魔のハンマー 上・下」が目に留まったので読み出す。最初にこれを読んだのは多分12〜3年くらい前だと思うが、面白かった記憶がある。しかし、読み直すとあきらかに誤訳と思われる文章ばかりが気になって、いらいらする。イヤになったので今度は「ニューロマンサー」を読みだす。田舎の本棚には学生の頃読んだSFがたくさんあるので、暇つぶしにはもってこいだ。 夕方、従姉妹の赤ん坊を見に行く。頭が長いのが従姉妹の旦那に似ている。それ以外は正直言ってどちらにも似ていない気がする。だいたい生まれて一ヶ月ばかりの赤ん坊が親に似ているのほうがおかしいと思う。 1996年8月21日(水)7時半の二階建て新幹線MAXですたこら帰る。2日以上田舎にいると体調がおかしくなる。多分ジャンクフードを食べないせいだ。 有楽町のマリオンで「イレイザー」を観る。初回だったせいか余裕で座れた。そこそこ面白かったが、思っていたほどではなかった。前評判の高かったワニとの格闘シーンも全然リアルじゃなかった。あれだけの運動エネルギーのある生き物が、拳銃一発でぴたりと止まるわけがない。ストーリーもかなり端折っていて、展開が強引すぎる。予算は超A級、内容はB級の典型ですな。 内田春菊のエッセイ「私の部屋に水がある理由」を読む。かなり古い作品ばかりだが、面白い。そーか、彼女は長崎の出だったのか。九州方面だとは思っていたが。 1996年8月22日(木)「ミッション・インポッシブル」を観る。結構笑える。スパイがMacintoshなんか使うかっつーの。「イレイザー」にも共通するんだけど、CGの汚しが下手なんじゃないだろうか。全てが綺麗か、もしくは綺麗に汚されていて、リアリティーがない。そもそも、あれだけのハイテクビルのほこり一つない通風口にネズミがのこのこ歩いてくるかって。ラストのヘリコプターの爆発シーンだって、数メートル先のTGVが無傷なのは何故だ?色々疑問点はあったけど、まあ及第点。 1996年8月23日(金)新宿で「ツイスター」を観る。ストーリーはどうって事ないが、サウンドデザインが凄い。もちろんCGも素晴らしいが、この音は凄すぎる。本当に嵐の中にいるような臨場感がある。安っぽい映画館やビデオでは絶対に味わえないと思う。しかし、竜巻に吸い込まれていったドロシー4号の子供達が、いつかは凶器となって落ちてくるはずなのに、だれも心配していないのは変だ。 1996年8月24日(土)集英社文庫の「ど田舎警察のミズ署長はNY帰りのべっぴんサ」ジェーン・ヘス著を読む。期待せずに買ったものだが面白い。「銀河ヒッチハイクガイド」みたいなノリである。パトリシア・コーンウェルの「検屍官ケイ」シリーズのパロディのような気もする。この作家の他のシリーズもあるようなので探してみよう。 1996年8月25日(日)久々に出社してPainterのお勉強。佐世保方面から仕事のメールが入っていたが、明日にしよう 1996年8月26日(月)ベルギーGP。またヒルが負けた。何かトラブルでもあったのだろうか。と思ってNIFTYのモーターフォーラムを覗いたら、ヴィルヌーヴとピットの無線のトラブルのあおりをくってしまったようだ。相変わらず間の悪い奴だが私は気に入っている。ヴィルヌーヴ近頃生意気だぞ。野球の延長で放送開始が1時間遅れたので、眠くて仕方がない。残業しないで帰ろっと。 XXXXロンロンの本屋で内田春菊著「今月の困ったちゃん」を買って読む。面白い。 1996年8月27日(火)恵比寿方面の友人XからXXが届く。これはあとXはXXなのでXXXしないでくれとの事だが、我慢できずにXXしてしまう。なかなかいい。 1996年8月28日(水)今日から金曜日まで佐世保出張。東京では朝方雨が降っていて、途中飛行機がかなり揺れた。1時頃ハウステンボス内佐世保リサーチセンター着。研究員M氏とフェローたちに貴重な画像がたくさん入ったMOディスクを渡す。分散型映像ネットワーク制御・管理技術を研究している彼らは(私もフェローの一人だが)、すぐさま画像のチェックに入った。仕事熱心である。 その後、ハウステンボス内のマルチメディアカフェ「ハングリー・フライヤー」を見学する。ここは佐世保リサーチセンターのサーバとATMネットワークで結ばれている、国内最大のMPEG2のVOD(ビデオ・オン・デマンド)システムの端末である。VODのインターフェースについて意見交換をしたのちセンターに戻る。夕方から坂本龍一のインターネットライブが始まるのだ。すったもんだの挙げ句、何とかセッティングが完了し、ライブ前の楽屋を見ることが出来た。 ほっとしてMacの画面をビデオに録画してから、食事に連れてって貰った。早岐(はいき)にある鯨屋という串かつ屋で、おいしい海の幸をたらふく食べてホテルへ帰って寝た。もう何度も佐世保に来ているが、まともな食事をしたのは今回が初めてかも知れない。 1996年8月29日(木)佐世保リサーチセンターにつくと、N君が気の毒なほどがっかりしていた。昨日のインターネットライブ、突然信号が途絶えてしまったようで、うまく録画出来ていないとな。ダイアルアッパーは辛いなあ。早くファイアーウォール何とかしようね。 午後からプロジェクト会議。本会議はまだ材料がないので盛り上がりに欠けたが、分科会はけっこう活発な意見がでた。終わってから、INDIGO2にインストールされているAlias/WavefrontのPowerAnimatorのセッティング。6時前にセンターを出てホテルに帰り、内職をする。 1996年8月30日(金)朝からPowerAnimatorのセッティングをした後、お勉強。Side EffectsのPRISMSよりは分かり易いかな。 空港までのバスで富士通のO氏と一緒になった。センターにどっかの視察団を連れてきていたらしい。長崎空港一階の五島うどんの店で「まるてんうどん」を食べる。東京で言うところの薩摩揚げがのったうどんで、とても旨い。前回の出張では、ここでうどんを食っている時に、空港に落雷して停電になったっけ。照明もエアコンも切れているのに、レジの電源だけが別系統らしくちゃんと機能していた。予備電源の使い道を十分考慮した素晴らしいシステムだ。 二階のおみやげ屋で新製品「ちゃんぽんせんべい」を購入。絶対まずいに違いないが、名前とパッケージに負けた。なんとちゃんぽんの写真をそのまま使ったパッケージだ。 1996年8月31日(土)昨日見たはずの、「料理の鉄人」、覚えがないぞ。挑戦者が紳助だから期待してたのに寝てしまったらしい。それもこれも、野球の放送が1時間も延びたせいだ。ほんとに野球は時間制にして欲しいぞ。9回までなんていわないで、3時間経ったら即座に試合終了にしよう。有権者の多くが賛同すると思うので、次の選挙の公約に誰か使わないかな。 XXをくれた恵比寿方面の友人Xから「我慢できずにXXしてしまう」とはどんなことか?との問い合わせメールが来た。ほっといてくれ。どうせ既婚者のあなたには解るまい。 XXXXでパチンコをして14,500円負けた。北口のブックス・ルー・エで小池真理子著「妻の女友達」を買う。この人の小説を読むのは初めて。軽いけど恐い。ミステリーと言うよりホラーだな、これは。 またフリューゲルスが負けやがった。どうなってんのこの頃、引き分けか負けばっかり。よりにもよって大嫌いなベルディに負けることはないじゃないか。腹立つ。 「ちゃんぽんせんべい」はうまかった。 |
1996年9月01日(日)昨夜、夢の中でStarTrek Next Generationを見たような気がするが、もちろんストーリーは記憶にない。枕元の液晶テレビ(パチンコで取った)は8chのままだったから、多分脳味噌のどこかに音だけは記録されたはずだ。取り出し方が分からないけど。 お盆に会った従姉妹からネクタイが届いた。以前、彼女の妹からもネクタイを貰ったことがある。よっぽど社会人に見えないんだろうな。ネクタイは有り難いんだけど、スーツがないんだよね、残念ながら。 1996年9月02日(月)早出してサーバーのメンテを行う。サーバマシンからTA、ルータ等を移動したので、神経を使って疲れた。さらに近頃ぐずり気味のQuickMail Serverの接続を10Base2から10BaseTに変更した。どうもトランシーバの接触が怪しかったのだ。これで収まってくれるといいのだが。 昨日のFポンの後遺症で頭が痛い。夜中に(あの)鈴木アナの絶叫を聞きすぎたせいだ。中京テレビはとっとと彼をクビにして欲しい。思い出したらまた腹が立ってきた。シリーズ自体は混戦になって面白くなってきた。どうもPIAAの車の出来が良くないようなので、虎はしばらく苦戦しそう。アグリの所の2台(金石と本山)がかき回しそうな気もする。 しまった、(あの)鈴木アナはテレビ静岡だった。中京テレビの人ごめんなさい。あんな奴と同僚だと勘違いされて、さぞ不愉快だったでしょう。テレビ静岡の方、ご愁傷様です。 1996年9月06日(金)夏風邪をひいて鼻水が止まらない。頭もボーっとしている。幕張のWorld PC Expoは勘弁してもらって、帰って寝よ。 1996年9月09日(月)朝から雨が降っていて気分がいい。鬱状態は相変わらずだが、ヴィルヌーブが0ポイントに終わったので救われている。しかし、シケインにタイヤを置くか?ふつー?千葉のカート場じゃないんだからまともなもの置けよな、まったく。 1996年9月11日(水)今日から3日間、Alias PowerAnimatorの講習。五反田のニチメングラフィック本社一階のセミナールームは広くて気持ちいい。金のある会社は違うなあ。初日の今日は、基本的な操作、プリミティブ・カーブ・サーフェスの作成・編集、といったところ。PowerAnimatorの画面はMac的なので、一見取っ付き易そうに思えるが、要素をPickするだけで一苦労。馴れるまでに時間がかかりそうだ。講習が進むうちにPowerAnimatorがサーフェスモデラーであることを実感させられる。ソリッドモデラーのPRISMSとは考え方が全く違う。複雑な曲線が必要になる場合はPowerAnimatorの圧勝ではないか。しかし、PRISMSのSOPのように操作の過程を記憶することが出来ないため、バリエーションが必要な時には苦労しそう。 夜、T嬢、N嬢、I君と新宿で食事。久しぶりに会ったので楽しかったが、料理はいまいちだった。店を出るとき、エレベーターで別のグループと険悪な状態になった。こういう時はT嬢が一番やばいのだが、なんとか切り抜けた。彼女も大人になったなあ。食事中かなり愚痴ってしまったので、帰宅してからブルーが入ってしまった。 1996年9月12日(木)講習2日目。ブーリアン演算、シェーダー、テクスチャーマッピング、アニメーションを学ぶ。サーフェスモデラーのくせにブーリアンとは生意気な、と思ったら、やはりかなり強引に演算させていた。やっぱりブーリアンはソリッドモデラーだよね。シェーダーの設定項目の多さに驚く。これじゃ表現できない物は世の中に無いのではないか。それにも増して、ライブラリーの豊富なこと。PRISMS用にコンバート出来ないかな。テクスチャーマッピングは分かり易いが、位置合わせのための表示方法が馴染めない。アニメーションはPRISMSの方が設定しやすいように思える。ただし、モーションパスアニメーションはPowerAnimatorの圧勝。 1996年9月13日(金)PowerAnimator講習最終日。今日はレンダリング、キャラクタアニメーション(インバースキネマティクス)、物理シミュレーション、パーティクル、といったところ。レンダリングはまあ、こんなもんでしょう。インバースキネマティクス(IK)には感動した。こんなに簡単に関節が作れて良いんだろうか?こんなに簡単に制御できて良いんだろうか?こんなに簡単にスケルトンに面を対応できて良いんだろうか?これは確実に私が今まで出会った中で最高のIK Systemだ。 物理シミュレーションも感動物。「バスケットボールのシュート」の例題をホンの僅かの操作で完成できた。パーティクルに至ってはもう言葉も無い。へへー、まいりましてござりまする。StrataProのパーティクルなんかパーティクルじゃないよ。PRISMSはかなり良いけど、パラメーターの調整が面倒。PowerAnimatorは「水」「煙」「炎」「髪の毛」等々、完璧に調整されたライブラリーを持っているし、そのカスタマイズも容易だ。これこそが真のパーティクルシステムなんだなあ、と実感する。 講習後、AccomのWSDにファイルを書き出す方法を教えてもらう。いやあ、楽しい3日間だった。和栗一美先生ありがとうございました。 1996年9月15日(日)早起きして会社へ。近頃、自律神経方面の障害で地下鉄に乗れないので、XXXXからXXXXまで歩く。毎日50分くらい歩いているので健康にはいいのだろうが、自律神経方面には何の効果もない。メールが溜まっていた。OpenGLのメーリングリスト抜けようかな。 午後から法事で桜上水へ。従兄弟の意外な一面を発見した日であった。 1996年9月17日(火)今日も早出してXXXXから歩く。8時前に会社に着いた。Pangeaとかいう謎のアーティストのCDを聞きながら仕事する。TSUTAYAでWorld Musicのコーナーにあったのを買ってきたのだが、そこそこ当たりだった。ジャケットのやる気の無さが笑える。 1996年9月18日(水)例によってXXXXから歩いて会社にたどり着いたら、エレベーターが4Fで止まっている。まだ8時前だというのに誰だ?と思ったら同僚のT氏が床で寝ていた。仕事のためフリューゲルスのオフィシャルホームページに潜入。選手のプロフィールを集める。何か遅いぞ、このサイト。 1996年9月19日(木)新横浜の全日空方面の事務所で打ち合わせ。昼食に駅前のライオンで「ヘルシーランチ」なる物を注文するが、炭水化物が豊富すぎてヘルシーとは思えない。 東横線でXXXXに戻り、意を決して銀座線に乗るが、案の定気分が悪くなる。 よれよれで会社に戻り、Nichael Nyman の「ピアノレッスン」を聞いて元気を取り戻す。 今日は移動が多かったので、山本周五郎の「さぶ」を読み終える事が出来た。「青べか物語」「樅の木は残った」に匹敵する傑作だと思う。 1996年9月23日(月)UFOを見てしまったらしい。恐いので詳しく書かない。簡単に書くと、朝方、東の空に異常に明るい光点を見たという事。多摩川の方ではビデオに撮った人がいたとか。 1996年9月25日(水)10時40分のANAで長崎へ。ハウステンボスの出国棟でハンバーガーを食べてから、佐世保リサーチセンターに向かう。挨拶もそこそこに、飛行機の中で書き殴った企画書を、オーサリングルームで整形する。いつも遅くてすいません、M山さん。テンボスのスタッフにPowerAnimatorの操作を簡単に説明して、大急ぎで佐世保のホテルへ。 今日はJリーグのナビスコカップの決勝戦だ。 部屋に入ってテレビを点けたら、どのチャンネルでも放送していない。がーん。そうかテレビ東京だったのか、今日は。念のため、PAYチャンネルもチェックしたけど、時代劇と現代劇(裸の出演者が2〜3人)しかやってなかった。気が抜けて寝てしまう。 1996年9月26日(木)午前中はプレゼンの資料を作る。午後の会議で、PowerAnimator講習会の報告をしなければならない。Adobe Persuasionを有り難く思う、数少ない時間である。 昼食にカレーを食いながら、研究員N方さんの面白い生態について教えて貰う。詳しいことは彼の名誉のため、書けない。ただ、深夜、長崎県北部で、全力疾走でほか弁屋にかけ込む、無精ひげを生やした高校球児みたいな男がいたら、それがN方氏だと思って間違いない。氏かどうか不安な場合は、「朝食にビーフストロガノフを食べましたか?」と尋ねれば完璧である。 会議も分科会も終わり、TARGAのシステムの修復に取りかかる。かなり重傷のようだ。ディスクを全部フォーマットしてみよう。 Array Diskのフォーマットには時間がかかるので、最後にしてホテルへ帰ろうとしたら、Sさんから食事に誘っていただいた。 Sさんの家族と、早岐の鯨屋で食事。刺身、おでん、鯵の煮付け、コロッケ、何でもウマイ。調子に乗ってビールをコップに4cmほど飲んでしまう。ついでに日本酒をお猪口に1/3ほど飲んでしまう。この日本酒がうまかった。たしか明石の「赤石」とかいう名前だったような気がする。間違ってたらメール下さい、Sさん。しばらくして、研究員のM山さん、N方さんも合流する。私は10時くらいで引き上げたが、彼らは2時まで盛り上がっていたそうだ。 ホテルに帰ると、調子に乗って飲んだせいかアセトアルデヒドが何やらしたらしく、やばい状態になったので、大量に水を飲んで無理矢理寝た。 1996年9月27日(金)5時55分に森高の「ラ・ラ・サンシャイン」を聞いてから、もう一眠りして9時にホテルを出る。 TARGAのシステムはなかなか言うことを聞かない。宿題が出来てしまった。午後、ここの唯一の女性スタッフYYYY嬢にPowerAnimatorを説明する。「YYYY」姓が他にいるので、彼女は「YYYYY」と呼ばれている。 ハウステンボス午後6時発の高速バスで長崎市内へ。客は7人しか乗ってなかった。長崎県営バスの経営陣も頭が痛いことだろう。思案橋方面で友人Kと食事。野母崎半島最南端から何とタクシーで来てくれた。感謝。拒食症はもう大丈夫らしいが、相変わらず痩せている。適当に入ったビア・レストランが当たりで、キングサーモン、骨付きソーセージ、シーフードサラダ、オムレツ、全部うまかった。 今日は十五夜だが、かすみのためか、月は薄ぼんやりとしか見えなかった。 1996年9月28日(土)1時20分発のANA便で東京へ。今回のおみやげは五島うどん。東京は涼しい。 1996年9月30日(月)朝から雨が降っている。涼しい。 昨日のFポン、恐れていたとおり服部が勝ってしまった。まいったなあ。ついでに星野が2位じゃ盛り下がりも甚だしい。あーあ。 経理から1996年9月中の精算金をまとめて貰う。一瞬嬉しかったが、これはもともと俺の金だ。だまされないぞ。 |
1996年10月01日(火)ホンコンの誰かがfjにごみを撒き散らしている。困ったもんだが、相手にしてもしょうがないのでフィルタリングする。 昼食に久しぶりに「たから屋」に行く。肉豆腐、こんにゃくの煮付け、春雨とマカロニのサラダ、汁替わりの小さなかけソバ、で950円。満足、満足。 長崎のメトロ書店で買った「半七捕物帖(一)」岡本綺堂著を読み終えた。解説に書いてあるとおり、江戸後期のシャーロックホームズといったところ。論理ではなく勘で行動するタイプだが。それにしても「半七」やら「岡本綺堂」が一発で変換できるのって変なIMだと思う。 1996年10月02日(水)雨が上がってきれいに晴れわたり、西の空には半月がぶら下がっている。こういう日は会社でキーボード叩いているのはイヤだが、仕事だからしょうがない。早めに家を出て会社近くのSUBWAYでモーニングセットを食べようとしたら売り切れだった。ガックシ。さては伊藤忠の連中が買い占めたか。コーンポタージュも売り切れていたので、アップルパイと紅茶を頼む。ここのアップルパイ、ミートパイとも近頃のお気に入りである。 午後、ハウステンボスよりK山氏来社。秘密の打ち合わせをする。秘密と言ったら秘密なのでここには書けない。昨日から、敬愛するマッドサイエンティスト、ルーディ・ラッカー教授の「ハッカーと蟻」を読んでいる。最近のSFでは彼が一番面白い。カードは説教臭いし、ギブソンは疲れる、スターリングは...、もういいや。解説にラッカー教授のページが載っていたので覗き込む。 1996年10月03日(木)暑い。1996年10月になったというのに、夏の入道雲が出ている。 6時でとっとと仕事を終えて新宿へ。伊勢丹の地下でホットサンドを仕入れて、映画「ザ・ロック」を観る。アメリカで大ヒットしたのが良くわかる。銃撃戦、爆破シーンてんこ盛り。ストーリーは無い。エド・ハリス扮する海軍将校側の描写が不十分なので、犯人側に思い入れ出来ないのが最大の欠点。最後には只の勧善懲悪物になってしまった。ニコラス・ケイジのぼけぶりもわざとらしい。 1996年10月04日(金)T氏と近所の広東料理屋でランチを食う。ここの大陸系ウェイトレスがなかなか可愛いいのだが今日はいなかった。不法滞在でしょっぴかれたか。Aランチは鶏の唐揚げののったソバ、ショウロンポウ、春巻きで850円のところ1時を過ぎていたので750円。うまかった。夕方急激に後頭部、肩、目などが痛くなる。風邪をひいたらしい。残業せずに帰り、風邪薬とビタミン錠を飲んで寝る。 1996年10月07日(月)椎名誠の「ひるめしのもんだい」を読みながら出社。東海林さだおのリズムと似ているようで似ていない。どうもイライラするリズムだ。 近所のラーメン屋でチャーハンの昼食。高い(750円)がうまい。厨房がのぞける席に座れたので、手際を観察しながら食べる。勝負が速くて気持ちのいい鍋さばきだ。 午後、おニューのROM Writerを使って、CD-ROMを焼く。SONYのCDU524R。いまどきアンフェノール50ピンのでかいSCSI端子が付いている。書き込み2倍、読み出し4倍というごく普通のスペックだが、バッファが大きいので若干速いだろう。付属の書き込みソフトは開封せずに、Toast CD-ROM Pro 3.0 を使う。これが一番使いやすい。 1996年10月08日(火)雨INTERGRAPH FAIR'96に行く。どうも3D/Anime関連のアプリケーションのプラットフォームは、WindowsNTで決まりのような勢いがある。しかしINTERGRAPHのマシンは高いなあ。INDYがらくらく買えるよ。 厚生省のホームページで「非加熱製剤によるHIV感染に関する情報」をチェック。父親が問題の時期に大きな手術をしていたのだが、この情報を信用するがぎり大丈夫なようだ。 1996年10月09日(水)くもり午後、大沢商会の営業さんと、INTERGRAPHのNT機導入の打ち合わせ。純正メモリの高さに驚愕する。夕方社内ネットワークが不調になったが、自分のマシンはOKだったので、1週間分のファイルをCDに焼いて帰る。 帰り道、XXXXのリブロで山口瞳の「草競馬流浪記」を買う。リブロのブックカバーが無印良品の様な紙に変わっていた。この紙が滑りすぎて、電車の中で何度も落としそうになってしまった。ちゃんと摩擦係数を考慮して選定して欲しい。 1996年10月10日(木)くもりXXXXに宝くじの換金に行く。1,500円。悲しいのでその金でパチンコをしたら20分で11,000円儲けた。深入りすると見ぐるみはがされる予感がしたので、もりソバを1枚食って、ファーバーカステルの水彩色鉛筆を買って帰る。 近頃創刊されたEvahとかいう雑誌をよく見かけるが、ロゴがEMIGRE FONTSシリーズのTemplate GothicのBoldそのものである。あのデザイナーって、クライントには、さも自分でデザインしたようなプレゼンしたんだろうな。 1996年10月11日(金)午後から急に脳味噌に酸素が供給されだしたらしく、ハイになって仕事に集中する。ほぼ6時間休みなしで働き続け、ふと我に返ると8時半になっていた。のどがカラカラで、急激に疲労してきたのでさっさと帰ることにする。こんな特異日が2〜3ヶ月に1日くらいある。薬物は何も使ってないのだが。 1996年10月12日(土)寝ている間に案の定鼻血が出た。昨日のような日の夜は大体こうなる。血圧のコントロールがおかしくなるらしい。あまり外出したくなかったが、トーチュウが読みたいのでXXXXに出かける。ほー、ベルガー、トップタイムですか。まーフリー走行だからね。 Booksルー・エでハヤカワのミステリアス・プレス文庫の「ミス・メルヴィルの後悔」イーヴリン・E・スミス著を買う。この文庫はアーロン・エルキンズの「ギデオン・オリヴァー」シリーズを出している。期待できるかもしれない。 家に帰り、F1日本GPの予選を見る。いきなりジョニやんクラーッシュ!おいおい、大丈夫か?順位はあんなもんでしょう。インタビューを聞く限り、相変わらずジャックは生意気だ。明日はヒルに勝ってほしい。 1996年10月13日(日)新米を食いすぎて腹がくちい。 1996年10月14日(月)祝 デイモン・ヒル F1GP1996 ドライバーズ・チャンピオン 1996年10月16日(水)昨日私のページの誤字を指摘してくれた友人がいたので、早速修正してしまった。今ではどこかのプロキシ・サーバとローカル・キャッシュを除けば、何の痕跡もない。「1984」のようだ。 1996年10月17日(木)近所のラーメン屋で昼飯を食っていたら、壁にミロの複製画が掛かっているのに気づいた。変なラーメン屋。午後からmTROPOLiSという次世代オーサリングツールを使い始める。まだTutorialを2例しかしていないが、非常に使いやすい。本当の「オブジェクト指向」というのはこのような物を言うのではないか。Director5なんて前世紀の遺物に思えてくる。 先週から読み始めた「ミス・メルヴィル」シリーズは大当たりで、現在シリーズ3作目の「ミス・メルヴィルの復讐」にかかっている。40台半ばの絵描きの独身女性の必殺仕掛人という無茶な設定が楽しい。いたる所にユーモアやらウィットやらブラックやらが隠れているので、電車の中で読むのは危険だ。 1996年10月21日(月)快晴昨日、富士スピードウェイで雨があったとは信じられないような、いい天気。Fポン最終戦、完走7台中6位のマッチとインディのヒロ松下がだぶる。といったらヒロ松下でさえ怒るかなあ。 XXXXのEXTRAに「仲条春香」さんというタレントのページを登録する。脚が長ーいタレントさんである。 1996年10月22日(火)会社の同僚と近所の青山ティーファクトリーにお茶に行く。ウバの新茶が届いたばかりとの事で、砂糖を入れなくても十分甘いミルクティーがいただけた。ここはポットで出してくれるが、2杯目でも全然渋くない。数十メートルしか離れていないブルックボンドの直営店など、敵ではない。 1996年10月23日(水)Shockwave Audioのテストをする。来週あたりにうちのタレントのFLAGSのページにストリーミング・オーディオを載せる予定。乞うご期待。 1996年10月25日(金)曇り時々雨XXXXで映画「D.N.A.」を観る。「D.N.A.」は日本での配給元のギャガがつけた邦題で、原題は「The Island of Dr.Moreau」である。ギャガは正しい。「モロー博士の島」では潜在的な観客まで逃げてしまう。出来はかなりお粗末でH.G.ウェルズも草葉の陰で泣いていることだろう。人間と獣の境界を扱うテーマのはずなのだが、ただのグロテスクなスプラッター映画になってしまっている。唯一の絵になるカットはモロー博士の末娘(外見が一番人間に近い生き物)が Deep Forest で音楽で踊るところ。それとオープニングのコラージュも良かったな。映画はともかくの「モロー博士の島」のホームページは面白い。スクリーンセーバーでもゲットしようっと。 1996年10月26日(土)曇り 強風吹きまくり久しぶりに秋葉原に行く。駅前でソフマップワールドをもらって、ラオックスのザ・コンへ。Akiaのノートタイプをいじりまわしてから、末広町のモーモーショップを覗く。相変わらず安いなあ。末広町の駅の近くで「花ぶさ」という日本料理屋を見つけた。ここは池波正太郎のエッセイにたびたび登場する店だ。一人で入るのは気が退けるので、今度誰かを誘って来てみよう。 1996年10月28日(月)5時半に起床して近所を散歩した。風が冷たくて気持ちいい。朝焼けが見事だった。西の空のほうにまでオレンジがかったピンク色の雲が並んでいた。雨が降り出したので、散歩をやめて出勤する。井の頭線で車両故障があったらしく、殺人的に混んでいた。会社に着く前に体力を使い果たしてしまった。さあて、早退しようかな。 早退せずに6時半まで働いて、急ぎXXXXへ。XXXX東急で「エグゼクティブ・デシジョン」を観る。窓口でチケットを購入しようとしている人たちが、うまく「エグゼクティブ・デシジョン」と発音できずに、あたふたしていた。「同じのね」とか言って、ごまかしている人もいた。配給会社はこの事態を何とみる? もちろん私は前売り券を持っていたのでセーフ。映画自体はまあ良かったかな。臭い芝居が多い様な気がするが、英語圏じゃない人間に臭いと思われるような芝居って、英語圏の人間はどう感じるのだろうか。逆に自然な演技なのかな。CGと実写の合成に難があったり(粒子の荒れが揃ってない)、モデルのスケール感が無かったり(特にラストの不時着のシーン)するが、はらはらどきどきは結構ある。「スピード」にはおよばないと思うが、近頃珍しく楽しめた映画だった。 1996年10月29日(火)午後から電通主催のWebMasterセミナーを聴きに聖路加ガーデンに行く。米Macromedia社のビクトリア・ダーソンさんが講師。彼女は同社のWWW Siteの総責任者で美人である。日本のマクロメディア主催のセミナーも10/31にあるのだが、佐世保出張で出席できないので、電通から誘っていただいたときには嬉しかった。 聖路加タワーの会場に着くと、受付にF原嬢がいるではないか。彼女とは今年のはじめに一緒にCD-ROMを作ったことがある。うちの会社には派遣で来ていたのだが、その後、電通に就職したのだそうだ。狭い世界だなあ。始まってみると、メモが3時間でレポート用紙5枚になってしまうほど、有意義なセミナーだった。JavaとShockwaveの関わりや、データベースのフロントエンドとしてのホームページの役割など、実例を多く使い、わかりやすい説明をしていた。彼女は講師としても一級品だと思う。ここで仕入れた情報を、どう消化し、どの様に自分の仕事に反映させるか、しばらく煮詰まりそうだ。 1996年10月30日(水)XXXXの叔父が亡くなった。 1996年10月31日(木)8時50分のANAで長崎へ。佐世保リサーチセンターの定例会議に出席する。松下のVODシステムのデモが面白かった。UNIXワークステーションにツールをインストールし、クライアントのWin95マシンを準備すれば、すぐにタイトルが作れてしまう。ネットワークもFast Ethernetでとりあえずいける。システムの拡張性はもちろんあるが、小・中規模向けのパッケージのように思えた。 |
1996年11月01日(金)佐世保リサーチセンターでMacintoshの調整をする。Targa 2000を入れたマックの調子がおかしい。MicronetのArray Diskもスペック値にはるかに及ばないデータ転送レートしか出ていない。8500をバラしてDIMMの取り付け直しや、SCSIケーブルのチェックなどローレベルの作業から取りかかる。クリーンなシステムでも不具合が起こっているので、INIT/cdev方面では無いだろう。 しかし、なかなか調子が良くならない。困った...。 1996年11月05日(火)昼過ぎに、強烈に頭、眼、体中の節々が痛みだした。風邪をひいたらしいので、近所の薬屋で「フル・カントジン」という耳慣れない薬を買ってきて飲む。ここの店主のお薦め。葛根湯エキスとアセトアミノフェン、エテンザミド、マレイン酸クロルフェニラミン等が配合されている。私は葛根湯と相性が良くないのだが、この薬は大丈夫だった。念のため早めに仕事を終えて帰ることにする。 1996年11月06日(水)夜、友人のH君の会社にカステラを持って遊びに行く。以前の同僚のM君やA嬢もいる。いやあ、若い人たちは元気があってよろしい。H君の主催している競馬のホームページは多分日本一ではないか。「XXXXX」という名前の会社だが、前途有望に思える。 1996年11月07日(木)仕事で五反田に映画の試写を観に行く。I監督の作品をCD-EXTRAにするのだが、イメージを掴むのにとても役立った。やっぱり作品もみないでCDなんて作れないよな。 閉店間際のリブロに駆け込んで、夢野久作の「少女地獄」を買う。夢野久作の作品は「ドグラ・マグラ」しか読んだことがなかったが、これは読みやすい。 1996年11月11日(月)相変わらず体調が良くない。今日は身体の温度調整が不調らしく、暑くなったり寒くなったり忙しい。 群ようこの「別人『群ようこ』のできるまで」を読み出す。軽くて読みやすくて何にも残らない。これはこれで存在価値があるんだろう。たぶん。 1996年11月12日(火)昼過ぎまで寝てから会社へ。打ち合わせがあるので休むわけにはいかない。CD-EXTRA方面の打ち合わせの後、担当者達と近所のイタメシ屋で夕食にする。モッツアレラチーズとトマトのサラダは旨かったが、ゴルゴンゾーラチーズとブロッコリーのパスタがちょっとしつこかった。 1996年11月13日(水)急に寒くなった。東京にしては珍しく星のきれいな夜で、いつもはぼんやりとしか見えないオリオン座の左下の星「サイフ」もくっきり見えた。なんと天の川さえもうっすら見えるではないか。東京で天の川を見ることが出来るとは思わなかった。 1996年11月14日(木)午後からInterBee'96(国際放送機器展)に出かける。幕張メッセの入り口でハウステンボスのスタッフと落ち合ってから会場に入る。時間がないので興味のあるところしか廻れないのが残念。ノンリニア編集システムばかり覗いていた。SGIのO2を使っているところが多かった。レバーを付ければトースターにしか見えないだろう。そのうちその手のアクセサリーが出てくるだろう。私も1台欲しいが、アプリケーションが高いだろう。小さくてもUNIX機だからしかたがないか。 1996年11月18日(月)映画のCD EXTRA方面の作業でてんやわんや。 1996年11月19日(火)XXXXのタワーレコードのイベント用にCOMPAQのWIN95機をセットアップする。疑似インターネット環境を、ローカルディスク中に構築せねばならない。なのにこのマシンときたら、SCSIカードもEthernetカードも付いていない。しょうがないので28.8Kのモデムで、必要なサイトからしこしことファイルをゲットする。もちろん自動巡回だが、遅い、遅い。ダイアルアッパーの辛さがしみじみ解った。夜9時から、実際の搬入 1996年11月20日(水)タワーレコードでの作業は朝の4時に終了した。飯食って井の頭線の始発で帰って、寝て、午後1時に出社して、仕事して、眼が回って、7時半に会社を出て、家に帰って、ストイコビッチのVゴールを観て、寝た。疲れた。 1996年11月21日(木)昨日の早朝のTワーレコード階段駆け登り大会の後遺症で、脚、足、腕、背中、頭、虫歯などいたる所がいたい。コンピュータのセットアップと称する純粋肉体労働は、来年40歳になる身体には相当きつかったようだ。 夕方、CD EXTRAの音楽監督さんと打ち合わせ。彼は何故かきれいな奥さんを同伴してあらわれた。さては奥さんを自慢して廻っているんじゃないだろうな。いかん、独り身だとついひがみっぽくなる。 1996年11月25日(月)相変わらずどたばたと忙しい。昼にCD EXTRAのミュージックデータを音楽監督からDATでもらって、ハードディスクにレコーディングし、Directorでオーサリングする。会社のDATの調子が悪そうなので、私物のDAT WALKMAN (SONY TCD-D3)を使う。もう古い機種だが、バッテリー駆動できるので電源ノイズが無いのがありがたい。画像のデジタイズやレタッチは済んでいるので、音楽との同期を調整し、出来上がりをビデオに落とす。I監督に確認してもらうため、ベーカムでタイムコードを入れて、キャラクター入りのVHSテープを2本作った。もちろん、インタラクティブなパートは確認してもらえないが、その辺は後日触ってもらう予定。 さて、明日から佐世保出張だ。 1996年11月26日(火)いつも通り8:50AMのANAで長崎へ。ここ数カ月、この便はB777を使っている。今日もビデオが不調だった。電気系に不安のあるハイテク機になんか乗りたくないのだが、午後一の会議に間に合わせるのにはこれに乗るしかないのだ。 2時からハウステンボスで年末のイベントの会議。 佐世保リサーチセンターのN方氏にホテルまで送ってもらい、トヨタカップを観る。何故か日本ではユーヴェのファンが多いようだが、私はフランチェスコリのいるリバープレートの方を応援した。前半は押されっぱなしだったが、後半はけっこう頑張っていたので、残念だった。でも、86年のW杯でフランチェスコリが相手チームから徹底的に反則責めされ、ウルグアイが一次予選で消えてしまったのを憶えている人って少ない気がする。テレビでも一言も触れなかったし。そのくせ、プラティニの事はくどいほど繰り返していた。フランチェスコリってあの当時はマラドーナに匹敵するくらい人気も実力もあったんだよなあ。どうも日テレのアナウンサー・解説陣には腹の立つ事が多い。ゲスト(さんま)は論外。 1996年11月27日(水)佐世保リサーチセンターにてTARGA2000システムの調整。Micronet社製Array Diskの再フォーマットとビデオキャプチャリングへの最適化、TARGA2000コントロールパネルやAdobe Premiereのプリセットの調整を行ったら、快適に動作するようになった。データ転送レートを3.5MB/sec程度にしても、コマ落ちせずに録画・再生が可能になった。ほっと一息。 ホテルに帰って、K嬢に電話する。珍しく家にいた。K嬢の友人が会社に自分のコンピュータを持ち込んで仕事をしているそうで、個人でプロバイダーと契約もしているそうだ。私なら絶対会社に金を出させるが、そうもいかない状況もあるんでしょう、たぶん。 1996年11月28日(木)K嬢の会社にこのホームページのURLをファクスする。K嬢の友人に覗いてもらうため。おーい、読んでたらメール下さい。 リサーチセンターで全体会議の後、コンテンツグループの分科会。会議の途中で無限ループに陥ってしまい、6時の飛行機を取り逃がす。ハウステンボスのバス停で長崎空港行きのバスを待っていたら、風がびゅうびゅう吹き付けてきて凍えてしまった。8時発のJAS便の中でひたすら眠る。 1996年11月29日(金)夕方、秋葉原方面の某大手印刷会社にオリエンテーションに出向く。とりあえず2次審査に残ったらしい。来週水曜日にプレゼンの予定。 日比谷線は嫌いだ。 |
1996年12月01日(日)がーん、4GBのハードディスクがマウントしなくなった。重要なデータは別の1GBの方にあるので心配ないが、インターネット関連以外のアプリケーションがほぼ全滅。オリジナルのディスクからインストールするのはうざったいので、ディスクの修復を試みる。ノートン先生の見立てでは、ドライバ部分が壊れているそうで、ファイルは100%大丈夫みたい。パーティションの名前も確認できるし、こりゃ何とかなるわい、と思ったが、総量2.8GBの引き上げ先が無い。NTサーバは1GBしか空いてないし、MOは空きディスクが数枚しかない。CD-RがノートンのUNERASEから使えたらなあ、と溜息。結局サーバとMOを併用し、いらない物はすてて、何とかバックアップ完了。すかさずHDTでフォーマットにかかる。今日はこのへんで帰ろうっと。 1996年12月06日(金)昼食に久しぶりに「たから屋」へ行く。水餃子鍋950円、大変美味しい。 1996年12月07日(土)天気がいいので井の頭公園を散歩する。土曜日なのであまり人がいない。 1996年12月27日(金)クリスマスの間もずーっと出社して、ハウステンボスのカウントダウンショーのためのCGを作っていたのだが、とうとう出発の日がやってきた。午後3時のANA665便で長崎入り。今回は私の命のハードディスク「バラクーダ4GB」と一緒である。バックアップのCD-Rは2枚あるが、これが飛んでしまうと仕事にならない。エアキャップで厳重に梱包していたら飛行機に乗り遅れるところだった。出発前にドタバタしたせいか、現金の持ち合わせがほとんど無いのに気付き、機内でおおいに焦る。 長崎空港到着後、CDコーナーへダッシュするが、5分前に閉まっていた。かりにも国際空港なのに銀行業務が5時に終了とは何事かっ! とマジで怒る。ハウステンボスまでのバスのチケットを買ったら、なんと、150円しかサイフに残っていない。ハウステンボスでキャッシングする羽目になりそうだなあ、やだなあ、とぼやきながらバスに乗り込み、途中でテンボスのマルチメディア開発室のケンちゃんに電話を入れる。下のバス停まで迎えに来てくれるそうで、助かった。なにせ、今回の荷物は重いのだ。テンボスのバス停に到着後、入国棟前のCDコーナーまでダッシュするが、20分前に閉まっていた。インフォメーションのお姉さんに聞いたらキャッシングも閉まっているとの事。どひゃー。今晩どう過ごせと言うんじゃ〜。 結局、ケンちゃんに五千円借りました。ありがとうごぜえますだ。ケンちゃんの車で佐世保リサーチセンターまで登り、マルチメディア開発室のみんなへの挨拶もそこそこにオーサリングルームで荷をほどく。ハードディスクを室温に馴染ませてから早速 QuickTime Movieの再レンダリングを開始する。今回のCGはビデオ納品なので、佐世保リサーチセンターのTARGAシステムを使ってベーカムに録画するのだ。XXXXにはTARGAが無いので、CGはアニメーション圧縮にしてある。これをTARGA方式に再圧縮する必要があるのだ。この作業はけっこう時間がかかるので、Macは放っておいてホテルに引き上げることにする。 おなかが空いていたので、ケンちゃん、SRCのM山氏、N方氏とファミレスで食事をする。ピラフや唐揚げやポテトを頼むが、あまり美味しくない。しかし、めちゃくちゃ安いので文句を言う気にはなれない。よく考えてあるシステムだ。午前二時頃ホテルにチェックインし、泥のように寝ようとしたら、TVでサッカーをやっていた。名古屋グランパスとどっかのチームだったが前半終了くらいまでの記憶しかない。 1996年12月28日(土)夜中に作業させていた再レンダリングに不具合があったため、QTムービーの数フレームをPhotoshopで修正する。この作業にはXXXXで扱っている「Video Pallet」というツールが使いやすい。Painter4のようなオニオンスキン機能があればさらに便利なのだが。 昼食後、MMD(マルチメディア開発室)の「やまげん」嬢とアニメーションの動きをチェックする。私の作った背景を彼女の作ったフライングロゴと合成しなければならないのだが、それぞれの使用したソフトが違うので調整が必要なのだ。私はSpecular社のINFINI-Dを使っているし、彼女はStrata社のStrata Studio Proを使っている。基本的な機能は同じだが、アニメーションのイーズイン・イーズアウトの設定方法が微妙に違っていて、納得のいく動きにするのに時間がかかってしまった。ほぼ6秒程度のフルスクリーン・フルフレームのレンダリングに2時間ほどかかり、さらにAdobe Premiereでアルファチャンネルを使っての合成、レンズフレアの追加等のフィルター処理、TARGA方式での圧縮をしたら夜になっていた。データレートは3.2MBytes/secに設定したが、ノイズもほとんど発生していないきれいなムービーができた。 夜の1時頃、カウントダウンのCGの再圧縮をはじめ、XXX係長にホテルまで送っていただいた。今夜は16面マルチビジョンの搬入・設置で福岡のシステムプロさんやケンちゃん達は大わらわのようだ。 1996年12月29日(日)午前中にムービーの最終の修正を行い、午後XXX係長とXXXXX主任に確認してもらう。OKが出たのでベーカムに収録して納品完了、のつもりだったが、ベーカムのタイムコードジェネレータの操作に手間取り、夕方になってしまう。なにせタイムコードジェネレータをいじったのは5年ぶりくらいなのだ。しかし、コマ撮りをせずにリアルタイムに録画できるのは有り難い。 19:30より、スタッフミーティング。詳しくは書けないが、今回のイベントの仕切りをしているPミュージックのN氏が滑りまくっていた。ぐったり疲れてSRCに戻り、ファイルの整理をしていたら、またしても午前1時を回ってしまった。 1996年12月30日(月)午前中にバックアップ用のビデオテープを作成し、昼過ぎにリハーサルに向かう。ステージサイドのドラゴン下に設けられたブースで撮影チームにテープを渡し、キーの抜け具合などの確認をしてもらう。ライブ映像とうまく合成できそうなのを確認したのち、久しぶりにハウステンボス見物に出かける。ここは広すぎて1日じゃとても廻れない。歩き回っていい加減くたびれたので、ザボンのソフトクリームを舐めながらウエストゲートの守衛さんに挨拶し、SRCに戻る。このソフトクリームはうまい。ミニストップのより滑らかで、絶妙のやわらかさになっている。コーンもうまい。 |
|
© 1996-2005, Takashi KAMIYA, All Rights Reserved. |